第11号 特集 SSR

 天草の中心地である本渡(ほんど)の北側に、とても気になるバイクショップがある。その店の名は「Switch Stance Riding」といって、皆「SSR」と呼んでいる屋号には「スタンスにこだわらず新しいものを取り入れ切り替えていこう」といった意味が込められているそうだ。ぱっと外観を見る分には町の小さなバイク屋さんといった風情。だが、このお店に集まるバイカー達は少しばかり癖のある方々が多いようだ。そんな一筋縄ではいかない人々が、絶大な信頼を寄せる店主の小坂俊之(こざか としゆき)さんと出会ったのは、天草へ帰って来た2010年より2、3年経った頃だったように記憶している。夜のイベントなどで何度か顔を合わせた際に『この人はバイク屋さんだよ』と紹介されたことが始まりだったのだが、お店に立寄るようになったのは2016年の3月からである。第一印象では、肩の力が抜けた笑顔が絶えない爽やかなお兄さんだなあと感じていたのだが、尋常ではない熱量を持ったバイクとサーフィン狂なのだと後に思い知ることとなる。

・愛称はコサカさん

 苗字の読みは「コザカ」なのだが、誰もが彼のことを「コサカさん」と呼んでいる。本人も特に気にしてはいないそうだ。そんな小坂さんは長崎県川棚町出身の44歳。17歳からサーフィンをするようになり、現在でもいい波が立っている日は海へと向かう姿をよく見かける。20歳の時に相棒となるイタリア製のバイク「Ducati MHR(81年製)」を購入、そして就職し神奈川県の茅ヶ崎市へ転居。某企業の研究者として研究や分析に勤しんでいたのだが、並々ならぬ熱意により独学でバイクを修理・カスタムするようになる。2000年に縁あって天草に移住。天草市本渡にバイクショップ「SSR」を開業。

・バイクショップ「SSR」の日常

 私がお店へ初めて行った時は、3月上旬の小春日和を通り越したやけに暑い日の午後で、小坂さんは外でツールボックス型のバーベキューグリルを使い、仲間達とささやかな昼焼肉を楽しんだ直後だった。グリルは工具メーカー「Snap-on」のノベルティグッズだそうで、希少なものらしく私なら勿体なく思い使わずに仕舞いこんでおきそうだが、惜しげもなく本来の用途として使用していることにまず驚いた。快晴の空の下で「注文しすぎちゃった、錦戸くんお肉食べる?」と笑顔で言われたことが特に印象に残っている。並んでいるバイクと作業スペースとの境が曖昧な店内には、工具類も含め私の琴線に触れる物がそこかしこに並んでいた。特に「Ducati」に関連する物がやはり多い。本棚には、星野道夫氏や荒木経惟氏の写真集があったことにも驚いたが、とても嬉しく感じた。店の隅にある冷蔵庫のコーラやドクターペッパーを購入し飲むこともこの場所での密かな楽しみである。

 所謂、「バイクショップ」ではあるのだが店内には値札が付いているバイクはどこにも見当たらない。あるのは小坂さんの私物のバイクと修理やメンテナンスの依頼品ばかりだ。関東や愛知、福岡など日本各所より依頼が入る。天草には古いDucati乗りの方が10名ほどいるそうだが「SSR」があるからこそ問題なく乗ることができているとオーナーのひとりに聞かされた。午後から強めの西日が射し店内のバイク達が輝きだす、撮らずにはいられなくなってしまう空間と空気、そんな「SSR」には連日様々な客人達が現れる。開業より18年目ともなれば小坂さんから鍛われ育てられたバイカーも沢山いる。そんな方々も勿論多く登場するのだが、カスタムの相談をされる方もいれば、バイク談義をする為に仕事を抜け出し足繁く通う方もおり、自転車のパンク修理に来る中学生や老婆など客層は多様である。中でも珍客だったのは1歳になったばかりのパグだった。

・きっかけは青いDucati

 初来店での昼焼肉以来、理由もなく立ち寄るようになっていた。ある日、私にとって撮影を本格化させるきっかけとなった衝撃的で決定的なバイクが突如として現れる。そのバイクは小坂さんが作る「Royal Pantah」と名付けられた真っ青なDucatiで、塗装を終えて帰ってきていた。このバイクと小坂さんを撮影したいが為に「SSR」へ通う頻度が格段に増えたことはいうまでもなく、ひとたび見てしまえば忘れることの出来ない圧倒的な存在感に脳天を撃ち抜かれてしまった。一気に彼の作品世界に引き込まれている。細部にも気になる意匠が施されていて、シートには大島紬があしらわれており、手がけたのは電子版の第5号で特集した「MITSUNAGA AUTO INTERIOR & DESIGN」代表・光永栄司さん。

 更に驚かされたのは、このバイクと共に海を渡りスペインとフランスを跨ぐバスク地方で開催される、バイクやサーフィンなどのライフスタイルカルチャーをミックスした祭典「Wheels and Waves」に参加するというのだ。それも今回が初めてではないとのこと。天草から欧州へ渡り自身を表現している人がいることが嬉しい反面、正直なところ私自身の現状に対しての歯痒さも感じた。

・Ducati MHR

 「SSR」に立ち寄るようになって1年が過ぎた頃、なにやら大きなエンジンが台の上に登場し、修理が始まった。聞けばこのエンジンは20歳の時に購入した「Ducati MHR」のエンジンで、10数年前に一度バラしたまま車体とともに倉庫に眠らせていた。仕事の忙しさや様々な出来事があり、長い間向き合えずにいたこのバイクを再び作り上げることを決めたと聞かされる。

 この「Ducati MHR」は、地元長崎の車屋さんに展示販売されていたものをひと目見て痺れてしまい、ほぼ即決。決して安い価格のものではなかったが、次の日には購入に至っていたというので、余程の衝撃を受けたのだろう。しかし、買って直ぐは幾ばくかの後悔があったそうだ。どうもしっくり来ず乗れていないと感じることが多かった。確信のない状態だったが、乗り込む回数が増えるにつれて徐々にではあるがMHRとの一体感が生まれてきたという。『このバイクには随分と振り回されたよ』と小坂さんは苦笑まじりに語る。

 仕事の合間を縫って、エンジンの再生から始まった「Ducati MHR」の再構成。約1年間をかけて24歳の小坂さんと44歳の小坂さんの対話が一台のバイクを通じて行われた。当時は事情により断念したことや、20年間で蓄積された技術で可能となったことを確認しながらの再構成作業が続いた。

 20年前に取材を受けた雑誌を見せてもらうと、フロント部分のカウルがないことで同じ車体でも随分と違った印象を受ける。当時は、この「Ducati」の象徴的な部分でもあった「イモラカウル」と呼ばれるカウルを敢えて外すことによって、既存のDucatiのイメージをぶち壊したかったそうだ。記事を読むと、その他にもDucatiに固定されたイメージへ抗う仕様を多く感じ取ることができた。そして今回はフロントカウルを装着することを決めた、『一周回って戻ってきた感じだね』と彼は笑う。

 ずっと変わらないナンバーがとてもいい味を出している。解体され倉庫に眠ってはいたものの廃車扱いにはせず更新手続きを行っていた。このナンバーを見て、並ではない愛着と思い入れのあるバイクなのだと改めて感じ入った。

 そして2018年3月、遂に「Ducati MHR Senna」が完成。蘇った新たなバイクの名称には小坂さんの次男の名前「セナ」が付け加えられた。完成記念の撮影を終えてから『ちょっとエンジンの音聴いてみる?』とペダルをキックする小坂さん。凄まじい唸り声を上げてエンジンが目を覚ました。ビリビリと痺れる感覚と熱量が音だけで伝わってくる、今度は走っている姿を撮影せねばなるまい。楽しみはまだまだ続く。

・次なるバイクは

 1年をかけてようやく完成した「Ducati MHR Senna」だが、倉庫から笑顔で新たなフレームを持ってくる小坂さん。次作のテーマは80'sのイタリアンオートバイにとても多い電気系統のトラブルを改善し、そうした不安を取り除いたバイクを作りたいとのこと。屋号の通り、切り替え方が気持ちいい。「Ducati MHR Senna」はバスクで開催される今年の「Wheels and Waves」へと送られる。少年の心を持ち続ける小坂さんのバイクを媒介として行われる探求と冒険はこれからも終わることなどなさそうだ。


写真・文 / 錦戸 俊康